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コッラード・マランガのバイオグラフィーCorrado Malanga

 

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https://www.scribd.com/collections/4474501/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E-Corrado-Malanga

DFTCT
ダイナミック・フラッシュ・トライアド・カラー・テスト
コッラード・マランガ著
2012年12月31日

この論文では、自らの自覚を促すことのできる潜在能力を引き出す方法について記述する。
このテスト(実験方法)は、地球外因性現象の調査に用いられる人間の認識分野に対する我々の研究の理論と実践の集大成である。このテストのきっかけとなったこれまでの方法には、エイリアンによる誘拐が引き起こす現象を改善する狙いがあった。結果、我々はダイナミック・トライアド・カラー・テスト(DTCT)と呼ばれるテストを発表し、素晴らしい成果をもたらした。
基本となるTCTでは、非常に複雑な心的シミュレーションが求められていた。外部のオペレータが、誘拐被害者に、灯りの消えた電球が置いてある真っ暗な部屋を想像させる必要があった。自分の3つの要素である心、精神、魂を、心の中にシミュレートさせたこれらの電球を、誘拐被害者が、一定の順番で心の中で点灯していき、これら3つの電球の色を分析、モデルとなる簡単なメカニズムを介して、対象の心理状況を的確に見極めることができた。さらに、対象が抱える問題が、エイリアンの干渉が原因なのか、実際に体験してきた中にその原因があるのかを判別することができた。
誘拐被害者の場合、これらの球体の色が、統計に基づいて識別された色(心には緑、精神には赤、そして魂には青か黄色)となるように、オペレータが訂正を助ける役目をしていた。脳内精神メカニズムの研究の詳細に関しては、これまでの研究、特にTCTに関する研究(同著者のI COLOR DELL’ANIMA)を参考にしてほしい。
続いて、その心の部屋に、点灯している球体が他にあるかを確認させた。これがエイリアンの侵入を示すものである。心の中では、侵入者の存在が各色に点灯した球体に見えると言われており、そこから、積極的エイリアンの記憶やルクス、実体のないパラサイト、対象の体内にありうるすべてのマイクロプラントを見分けることが可能であった。そして、この魂の球体自らが、すべての部外者や外的物質を心の部屋から心的に排除するように促していた。さらに、インド神話のシヴァ神とヴィシュヌ神(同著者のGenesi IIIを参考)にも見ることもできるこの構造の中でも特に高い階級にあたる部分と、反空間の被験者自身、第一の人間、そして二元的な仮想空間を作り上げた人物それぞれと魂の交信を切り離させた。
対象が支配の根源から分裂したら、精神スキャナによって誘拐被害者の身体を映し出すように、オペレータが魂に働きかけ、エイリアンと軍事マイクロプラントの存在を確認しては、自分の意志で、一つずつ破壊させていった。
次に、時空間に存在する誘拐被害者のすべての体のコピーを探しだすように再び魂に働きかけ、自分の意志でこれを識別、削除させていった。
さらに、魂の力でタイムラインテストを行い、未来と過去に、誘拐のシーンがすでに存在しないかどうかを確認させた。このように、対象を、エイリアンによる誘拐が引き起こしてきた問題から完全に解放していたのだ。場合により、自分の魂の自覚を通して、我々が「フォトアルバム」と名付けた方法を実践した。このフォトアルバムでは、過去の魂の状況を自覚するため、誘拐被害者の存在を邪魔するエイリアンのタイプを限定することができた。こうすることで、エイリアンの存在は、意識のレベルで認識・識別されるため、これ以上の無意識なエイリアンによる誘拐を防止することができたのだ。
最後に、3つの球体を、赤と緑と青もしくは黄色の混色である白もしくは黄色の1つの球体として精神的に融合させた。トライアドの融合が、3色の可視光線の合計として精神的に認識され、脳が自動的に混色を作り出したのだ。
平均して2時間40分かかっていたこの方法は、誘拐という行為に二度と支配されないため、たとえそれがエイリアンによる仕業であっても、軍事による仕業であっても、様々な性質の空間クリエーターの影響であっても、トライアドによって、必要な自覚を手に入れさせることを想定したものであった。
その結果は、優れたものではあったが、まだ最適とは言えなかった。
この治療によって、多くの対象がエイリアンから身を守る能力を手に入れることができた。しかし、中には、以前から抱えていた重度の精神欠陥が理由で、生きている間ずっと、この信念を維持できない人がいたのも事実であった。
そのため、この方法を繰り返す必要があったのだ。豊富な経験を持った人物がこの方法を行えば、いったんは、誘拐被害者を解放へと導くことはできた。エイリアンによる誘拐に対する新たな戦略的手段が用意されていないという事実によって、一生の間に、再発してしまう恐れがあったのだ。
この時間のかかる方法を用いることで、エイリアンという姿から本当に解放されたいという願いに、その誘拐被害者の明確な意志が欠けてしまい、繰り返し、挫折をもたらしていた。事実、誘拐被害者の中には、エイリアンとの生活が、エイリアンなしの生活よりもいいものだという結論へと導いてしまう精神反応が現れた誘拐被害者もいた。さらに、この古い方法では、精神的保護カバーを作り上げ、このカバーが誘拐被害者の心の部屋を包み込むことで、エイリアンの精神的イメージをカバーの外へと追い出し、誘拐被害者の容器(体)に侵入できないようにしていた。このバリアは、トライアドが監視する魂エネルギーによって守られていて、破られないようになっていた。
しかしながら、同時にこうすることで、対象の超自我、つまり超自我に関わりのある自尊心が欠けるたびに、この心的バリアがもろくなり、やがてはエイリアンの戦略下に陥ってしまうことに、我々は気がついた。

新しい実験過程
昨年、我々は実験観測を行い、古いDTCTの誤りを特定するに至った。これらの新しい観測結果は、量子論レベルでの空間研究から発見された。特に、空間が二元性ではないことを理解することで、分裂が存在しないという結論を見出すに至ったのである。
以前発表したGENESI3部作の第3部に記述したように、二元性とは、人間の頭脳が引き起こす錯覚である。空間は、2つの異なるカテゴリによる二元的なものとして、誤認されてきた。善と悪、オンとオフ、支配者と奴隷、富裕層と貧困層、さらには反対符号のエルミート線形演算子、例えば+と-または潜在エネルギーと時間と空間のベクトルは、単なる幻覚であった。つまり、現代物理学で探し求められてきたが、決して見つかることのなかった目に見えないパラメーターではなく、意識の自覚に関係した粒子と波動の二重性が、二元性ではないという新たな視点に再編されたのである。
仮想空間が二元性ではないという理論により、我々は、我々を信じ込ませる何かがあったのだと理解した。そして、人間をカテゴリ分けするためにあるのがこの二元性であり、さらに他の戦線に対抗する戦線の責任者であると信じさせるためのシステムであることを発見したのだ。二元性とは、エイリアンと社会から疎外された人が、人間には全く関係のない戦いを、人間同士で繰り広げさせるように強要するシステムだったのだ。二元性という考えのままでは、戦線が永遠に衝突を繰り広げ、分割統治という方法が、誰かだまされていることに気がつく瞬間まで機能するものであった。
量子物理学の分野における観察を行ったことで、我々は、偽の知覚以外での二元性は存在しないという認識を得た。我々は、熱力学第二法則が、見直されるべきであることに気がついた。空間のエントロピーを、システムエネルギーではなく、エネルギーに関係するシステムへの自覚に関連づけなければならなかったのだ。
これらの観察の結論は、すべて同じ方角を示していた。二元性が存在しないのであれば、空間は2つに分裂しているわけではなく、自覚の程度の異なる多くの生命体が存在するたった1つの箱にすぎないのである。このような空間の異なる認識が、その二元性だと勘違いされていたのだ。
空間それ自体は二元性ではない。自覚の欠如が二元性だと認識させるのだ。つまり、カテゴリ分けするバリアが存在しないのであれば、我々がDTCTで、誘拐被害者に作らせたゲージに誘拐被害者を閉じ込めるバリアを建てることはできない。このゲージが、精神的な境界を打破することのできる存在と言えるほどの防衛力があるとは、もはや思えなくなったのだ。境界がなければ、打破することは不可能となる。誘拐被害者は、バリアで自らを守る必要はないのだ。これでは、お互いの境界線を作り上げることで元の位置に戻すことのできた3つの球体という概念に、たとえ、融合していたとしても、魂と心と精神を別々に維持することは不可能なのだ。
トライアドの要素間に分裂は存在しなかった。二元性が、これらをすでに分裂させていたからだ。人間、つまり創造物を操作するには、その意識を3つの意識下にカテゴリ分けする必要がある。つまり、たとえそれが誰であろうと操作することはできないのだ。実際、魂と心と精神は、我々の二元論的な認識の中にのみ存在するものであり、それらは、元々の意識の一部に過ぎないのだ。そして、魂と精神と心に様々な色があるからこそ、この意識も様々な色をしている。どの色も、精神的に自らを表現する可能性を表しており、意識こそがすべてということは、もっと以前に分裂されているという自覚を取り戻した時にはすでに、そこに含まれる3つの要素は存在しないのである。
魂と心と精神の融合が、精神的に見て、白の球体にはならないはずである。なぜなら、白は、トライアドが表現する3色の可視光線が混ざり合った色であり、これらを完全に混ぜ合わせた色ではないからだ。白では、三原色を作り直すことができるため、分裂も、さらにはエイリアンによる誘拐までも復活させてしまうのだ。
仮想空間の統合された意識を示す最終的な球体の色は、色を重ね合わせて作られた色ではなく、すべてを1色に融合させた色である。その色は、無色である。
零点振動の原理によると、無色は、全く同じ意味のある有としてさらに無として、人間の心によって関知される。
宇宙のとある空間が空っぽであると考えるならば、我々は、そこに何もないから空っぽなのか、それともこの空間には、すべてとその反対があり、互いに破滅し合うことで何もなくなっているのか、自問する必要がある。つまり、有と無は、同じことなのだ。透明の球体は目に見えないが、精神的にはそこにあるのだ。しかし、透明の球体には、何の意識もないため、これ自身に、何も関連づけることはできない。透明の球体は量子波の精神的表現を表しているのだ。
波動と粒子の概念は、意識と無意識の概念と関連づけられる。意識が波動であるならば、それは無自覚となる。存在していることは理解しているが、時空のどこに位置づけられているのかわからない。つまり、同時にどこにでも存在するため、不可視なのだ。逆に、粒子は、完全なる自覚の精神的表現である。統合された意識は、波動と粒子のどちらでもあり、どちらになるかを決断する権利を持っていることを知っている。エイリアンの目の前に、波動として姿を表すということは、つまり、完全に透明で、目に見えない存在になるということを意味する。しかし、同時に量子的に観点で見ると、エイリアンという体験を拒絶するという意味になる。結果、この経験から受けることになる影響を防ぐことに繋がるのだ。物理現象は、波動としてのみ感知され、粒子のように非局所されない。つまり、粒子であるということは、干渉の経験を受け入れるということを意味するのである。
この概念は、精神的に統合された意識に教え込ませることも可能である。つまり、この意識に、選択権があるという認識を与え、経験を受け入れるため粒子となるのか、もしくは経験を拒否するため波動となり「その経験に見つからないようにするのか」など、すべてに対し、1日に何万回も、決断することができると自覚するのだ。
波動であるということは、「あなたがいることはわかっている、しかし、それがどこなのか、いつなのかはわからない」ということを意味するのである。
簡単に言うと、統合された意識は、エイリアンの経験に対して、目に見えない自分になる手段を知っているのだ。
ダイナミック・フラッシュ・トライアド・カラー・テスト(DFTCT)は最長でも15分以内であり、1度の実施で、トライアドの融合を後退できないようにした。さらに、統合された意識に、量子物理学的概念を教え込むことで、自分のものとなった訓練を、誰でも正しく行うことができるようにした。
この方法は、エイリアンから人間を救うためではなく、人間が、自己の自覚を取り戻すために考えられたものである。つまり、この方法を行う人物が誘拐被害者であるならば、瞬時に、そして自己の問題から永遠に解放されるのである。たとえ、この人物がエイリアンによって誘拐された経験がなくても、偽りの神や鬼との関わりを解き放ち、この先、一切、この人物は苦しめられることはなくなるのである。

非ローカル空間と誘拐経験
DFTCTでは、マイクロチップを破壊するわけでも、コピーを検索し、破壊するわけでもなく、エイリアンの姿を呼び起こすこともなく、仮想の記憶を引き出すこともなく、トライアドの色を訂正することもないので、精神的な損傷を引き起こすことはない。ニーズに応じて、簡単に修正できる非常に軽い自己催眠が求められる。空間は地域的なものではなく、過去も未来もなく現在のみであるということから、この方法の特筆されるべき点は、古い神経言語プログラミング(PNL)のタイムラインに、瞬時に効果を発揮するところにある。
実際、トライアドの3つの球体が、それぞれどんな色であっても、完全に透き通るまで、混ざり合うのと同時に、これらの球体は、意識の本質に統合されるだけではなく、時間軸において、一度も分裂されていなかったかのような結果をもたらすのだ。
現在だけに真実をもたらすことで、過去と未来の量子論波動の働きは崩壊する。つまり、完全なる意識の立て直しが行われれば、この意識は、それ以前に一度も分裂したことのないものとなり、そして、この意識がそれまでに一度も分裂されていないのであれば、誰も意識を操作することはできなくなる。これにより、融合した瞬間に、過去の誘拐の記憶が消え去り、誘拐被害者が抱えるマイクロチップも消滅し、誘拐被害者のコピーもまるでなかったかのように、一撃で排除するという、実験結果がもたらされるのである。
誘拐されたという経験は、「過去の出来事」として残るが、経験した人の頭で見える記憶としてではない。この時点で、この体験は、変更された過去に属しているものなので、現在では存在しなかった体験となり、それはまるでなかったかのようになるのである。
さらに、この新しい方法では、統合された意識に自由意思をもたらすので、統合された意思の透明な球体は、波動(透明な球体)か粒子か、可視になるのか、不可視になるのか、経験の受け入れか、経験の否定か、いつでも決断することできる。
この新しい方法は、エイリアンの物理的な排除を目的にしているわけではない。単にエイリアンによって誘拐されたという出来事を波動という姿に変えることをその目的としている。つまり、統合された意識が、エイリアンには不可視となるため、技術的に見れば、もう出来事を受け入れる能力を失うことになる。つまり、統合された意識がエイリアンを波動にするのである。エイリアンを破壊するのではなく、単にエイリアンに出くわす可能性を、陽性でありながらも、任意にごくわずかな最小限に押さえるのだ。
エイリアンがすでに確認不可能となるわけだから、結果、エイリアンと出くわす可能性は大きく減少する。仮想的側面においては、統合された意識によって経験を拒絶できるものへと姿を変えることが、この狙いである。しかし、量子論的側面においては、この結果は、我々が仮想性を創り出し、我々が望む場合にのみ、それと融合するものであるという前提から始まった確率的統計的結果と読むことができる。最近行われた量子熱力学の実験によって立証されたように、方法が処置を講ずるのではなく、我々が処置を創り出すのである(同著者のGenesi IIIを参考)。
さらに留意すべき点が、出来事の量子論的方法は、ごく小さな世界(素粒子物理の世界)でのみ実行可能という点だ。実際、トライアドの要素も統合された意識も、ボヘミアンの量子物理学の微視的要素と、すべての面において類似しているのだ。

技術に失敗はない
ここで強調しておきたいのは、どんな技術であっても、弱点があるということであり、それゆえに、その限界を知る必要がある。本来、DFTCTには欠点は存在しないが、だからと言って、この人物が誘拐されても、二度と再発しないということを示しているわけではない。この人物の統合された意識が求めれば、再発する可能性はあるのだ。
この方向へと推し進める衝動は、数多く存在する。1年以上前に問題から解放されたエイリアンによる誘拐被害者が、ある夜、再び誘拐される、言い方を変えれば、再び地球外生命体の接触を受ける。翌朝、元誘拐被害者の体に、複数のあざがはっきりとついている。
アンカリング(PNL)によって、このエピソードの2つの大きな要因が明らかとなる。夜中、この人物の部屋にエイリアンが侵入するが、この人物は侵入してきたエイリアンからは見えない。
実際、エイリアンは向きを変え、誘拐被害者の部屋から、同じ問題を抱える兄弟の部屋へと入っていく。
解放された元誘拐被害者は、心の中で、兄弟を守らなければと考える。そして、この時、無意識に可視状態へと戻り、エイリアンの干渉を受け入れるのである。
こうしてエイリアンとの本当の戦いが生まれ、翌朝、目が覚めた時には、エイリアンの現象が再発してしまう可能性があるのだ。
我々は、このケースで、元誘拐被害者が、統合された意識から再び分裂されることはなく、誰もこの意識に対してアクションを起こすことはできないので、どちらにしても再発しないという効果を知ることとなった。
容器(体)が再び襲われる他のケースとしては、元誘拐被害者が復讐を決意し、被害を受けた自分の人生を台無しにした誘拐者に対する深い恨みが引き起こすものと思われる。その瞬間、この人物は、無意識のうちに復讐の覚悟を決め、エイリアンとの対決を再び受け入れ、結果、心理レベルで抱える問題を解決することのできない誘拐被害者を悩ますことになるのである。
この技術は、エイリアンのことを何も知らない、エイリアンの状況について何の意識もない、意識のレベルにおいて何の記憶もない人々にも適用することができる。治療後には、この特別なケースでは、統合された意識は、自覚している経験を、鮮明な記憶としてではなく、記憶にとどめることが可能だ。これらの場合だと、統合された意識は、襲われるため、駆け引きのため、エイリアンからよく見えるように身を置くものと思われる。この行為には、危険ではあるが、透明の球体がエイリアンによって支配されることはない。透明の球体が再度、襲われることはないのだ。
ここで重要なのが、透明の球体を、本人の容器(体)に統合させることである。これを怠ると、とりあえずこの容器を取り戻すことはできるが、透明の球体を支配することができなくなってしまうのだ。この事実は、特に対象が女性の場合、その後もエイリアンの雌馬として利用されてしまうのだ。統合された意識に自己の容器に融合するように教え込むことが、この欠点から抜け出すたった1つの方法である。

統合された意識とは何か
我々がここで言う統合された意識とは、仮想世界を作りだした根源意識だが、空間、時間およびエネルギーの自覚を持った、潜在能力に組み込まれている意識を指す。つまり、仮想的な特性を持つ3要素の和であることからも、空間が自分で創造したものであることを理解していて、空間と時間とエネルギーが何を意味するかを知っていて、以前の魂のように女性形ではなく中性で話しかけ、空間と時間とエネルギーを支配し、超常的に自らを表現する可能性を秘め、経験を積むために容器(体)を使う意識のことを言う。
つまり、統合された意識は経験を積まなければならないので、すべてを自覚しているわけではなく、もし自覚しているならば、自らが作りだした仮想世界に統合する必要はないのだ。
DFTCTを行うことで、3要素に分割されていない統合された人間をもたらし、その結果、この対象を元の状態へと導いていく。しかし、この先、まだ達成されなければならない経験に備えているわけではない。
DFTCTを行うと、各自の領域を示すマップに変化が生じ、対象が取り組むことにした仮想問題が対象の前に立ちはだかる。そして、時には、これらが極度の混乱を生み出し、この混乱が、統合された意識に分裂されていた状態に戻るという意思決定に繋がってしまう可能性があるのだ。エイリアンがいいか。日常生活の困難がいいか。経験しなければならない統合された意識は、自由意思を持っているため、いつでも選択が可能である。しかし、滅多に選ばれないであろう前の状態に戻るという選択が、このテストの失敗を意味するものではない。むしろそれは、成功の証といえる。なぜならば、これは、この世界の中に、自由意思が絶対的な存在であることを証明しているからである。
1年間に我々が扱ったケースの中で、再発した統合された意識は1件も見られなかった。時間内での完治に、小さいながらも厄介な問題を抱えた容器(体)は数件、見られた。また、自分の意思で元の現象に戻ろうとしたケースが1件だけ見られたが、現時点ではまだ実行に至ってはいない。
量子論的観点から、統合された意思には、作り上げた仮想現実の中で、意識自身が表現できるように空間と時間とエネルギーの3ベクトルを有している。これに対し、Genesi IIIで記述した通り、自覚のベクトルは、3ベクトルが完全に重なり合い1つの自覚のベクトルとなっており(注釈:マルチベクトルとして全方向に作用)、間接的に自分の意識を判断する唯一の手段となっている。魂と心と精神の自覚の3ベクトル、3要素それぞれを特徴づける2成分のベクトルの積が、相互的に「切り替え不可」であることに注意する必要がある。つまり、それぞれが90度の角度で配置されているので、当初のDTCTで我々が得ていた白の球体内部で、重なり合うことは不可能なのだ。後述の方法で、透明の球体は、ある一定のところまで縮小されると、自覚の3ベクトルを最終的に重ね合わせ、不完全特に内部の一貫性の欠如にとっての最大の弱点であった精神と魂と心の間での統合失調症の分裂を根底から消滅させるのだ。
深い催眠に置かれている場合、より明らかな統合された意識の特徴は以下の通りである。
対象は男性形(中性)で話している。

対象は世界を作り上げたことは理解しているが、なぜこのように作り上げたのかは理解していない。
対象は、行為が明らかなので、その存在が真実だと主張する。
対象は、二元性は存在しないと主張する。もし、それが存在するのであれば、それは、自分で選んだ行為であり、全てであるためには、すべてを実行しなければならないと主張する。
対象は、見た目の堅実性のない、偽の創造物として、空間を完全に仮想として見て、感じている。
統合された意識は空間を、リアルな目線でも見ている。同時にリアルであって仮想でもある。無数のポイントから自分の中心を見つめる傍観者であること、さらに中心から無数のポイントを見つめる傍観者であることを学ぶ。

毎日の生活の中で、どんどん明らかになっていく超常現象がゆっくりと姿を現している間、統合された意識の実現を通して、あらゆる空間と時間を見ることで、仮想世界を旅することができるのだ。

この技術は自分自身に作用する
今までのTCTでは、その複雑で時間のかかる内容から、外部の助けを必要としていた。オペレータが、対象を心的シミュレーションへと導き、意識の白い球体にたどり着くまでに必要なすべてのステップを実行させていたのだ。新技術による実験を行っている間、我々は、部分的に上手く機能しないことに気がつき、その原因を探っていく中で、ミラー現象理論にたどり着いた。我々の概念によると、空間とは、ホーリズミ的な特性を持つものである。つまり、ボームの物理方程式の実証するように、何も分裂されていない。つまり、私に対する他人の反応は、私次第ということなる。もし、他人が私とけんかするならば、それは、私自身の中に、調和に到達できていない私がいるからである。つまり、例えば、私にとって感じの悪い他人のいる部屋に、私が入っていく。私は彼に何も言わなくとも、彼は、彼の中で、私の敵意を感じ取り、私に対する暴力的な反応を引き起こさせるには、騒ぐほどのことではない私の振る舞いだけで十分なのだ。この時点で、私はこの相手の反応に応えることを許可されたこととなる。始めに手を出したのは自分ではないからだ。しかし、実際は、最初にこの人に対して否定的な反応を取ったのは自分だった。こうなると、他人はなぜ私ではないのかと反抗する。つまりは、ローカル的な形態形成の領域を介して、私が彼に自分の不快感を伝達した可能性があるのだ。
さらに、我々は対象の中には、本質的に、理解に困難を示す人がいることに気がついた。よく理解できなければ、治療後に、問題を引き起こしてしまう。波動と粒子の量子論的な効果を理解できない対象もいた。エイリアンは、彼らをもう二度と誘拐することはなかったが、これらの対象は、このエイリアンの前で不可視状態を維持することができず、結果、このエイリアンの存在は、日常の生活の中に寄生的に残ってしまった。他の誘拐被害者は、エイリアンの姿から、自らを切り離すことに困難を極めた。これは、過去は存在しないという考えを理解できなかったために、エイリアンの姿に束縛されてしまうのだ。
私は、私自身と、DFTCTを行う同僚数人に行った、より詳細な実験分析から、テストを行っている最中、言葉というものが深い意味を持っていて、その言葉の裏側には、本来の意図とは異なる、より深く、効果的なコミュニケーション移動があることに気がついた。テストの間、オペレータが一種のシチュエーションを作りだし、そこに、自分自身の意識から、誘拐被害者の意識へと移行させる情報をひと通り、移し込む。もし、誘拐被害者が、このまとまった情報を手に入れたいと求めることができる状態であれば、この誘拐被害者は、オペレータが彼に移行させるすべての情報を受けることができる。つまり、DFTCTは、沈黙の中でも実施することができ、そしてその結果にはおそらく変化はみられない。しかし、人間はこの潜在能力があるにも関わらず、より簡単(注釈:その程度までは不明)に物事を進めるため、言葉を使う。我々は量子論とは何かを意識に教えるために言葉を用いた。つまり、もし私のまとまった意識の情報に不一致があっても、私はこれを他人に完全に伝えてしまうのだ。
ここで簡単な例を見てみよう。過去に解決できていない問題を抱えている私が、誘拐被害者である対象に、DFTCTを行うと、結果的にこの対象は、完全にエイリアンからは解放されるだろうが、場合によっては、睡眠前、枕元にエイリアンの姿を見続けることになるかもしれない。自分の過去から逃れることのできないでいる私の無力が、誘拐被害者に移り、彼がもし、逆らえるような情報を持ち合わせていなければ、この潜在性な部分を処理することができず、私と同じ問題を被ってしまうことになる。簡単に言えば、もし私が風邪を引いて、治りたいという願いから医者の元を訪ねる場合、私は風邪を引いている医者の元に行ってはいけない。なぜならば、この医者自身が自分の問題を克服していないのであるから、私を治すことなどできるはずはないのだ。
このタイプの情報移動はDFTCTレベルでのみ作用するのではなく、生きている人間同士の間で、日常のあらゆる関係に、絶えず作用するのは明らかである。
その結果、今までに我々がどこで失敗を犯していたのかが明らかとなった。もしあなたがクリスタルのように純粋でなければ、あなたの患者までを汚してしまうのである。これこそが、対象の欲望が反対に作用したケースを除いて、完全に問題から解放されなかった誘拐被害者がいたことの理由の一つである可能性がある。
したがって、理論的原則に基づけば、その人物の中身が完璧でもないかぎり、DFTCTを実施することのできる人物はいない。自分の知っている限り、中身が完璧な人は存在しないと言わざるを得ない。それでも、実験では、私のグループがこれまでに行ってきたDFTCTは、小さな問題はあったとしても、すべて素晴らしい結果をもたらしたことも指摘しておく。
最善なのは、自分の問題を解決したいという強い意欲を表すことで、誰もが自ら実施することのできる簡単な実験過程を構築することである。ここで、DFTCTの成功率が、その内容の理解と密接に関連していることを強調しておく必要がある。このテストは、カトリック教会の儀式や普通の医者の処方箋のように、実験を読むだけで、できるものではなく、それぞれの各過程の意味を正確に理解している必要がある。だからこそこのテストを実施したい人は、私がこれまでに書いていた内容をしっかりと読み、勉強し、理解する必要がある。GENESIの第1から第3までに記した3つの著作の意味を明確にした後で、心的シミュレーションがどのように役目を果たすのかを理解し、その機能と古いTCTの理論を勉強する必要があるのだ。解釈の間違いが、一方で過程全体の根拠を奪う可能性がある。しかし、もう一方では、重要な情報は、形態形成の領域を介して、ホログラフィ格子のレベルで、すでに全てが利用可能な状態であることもわかっている。我々がDFTCTを実施した対象たちは、テストを行った後、彼ら自身の人生にまだ疑問や不明な点を感じることがある。これは、このテストが、本人に組み込まれ、二元性を廃止し、意識が行う容器(体)の中での作業を邪魔しないようするからである。しかし、このシステムは、自分自身で解決しなければならない自分の「運命」(体験という道のり)の解決の助けにはならないのである。特に、このテストを実施した人は、未解決となっている問題に関して、もう私や他の人に助けを求めるのではなく、どんな真実でも明らかにすることができる彼ら自身の統合された意識に直接助けを求めなければならないのだ。

達成すべきは、単に、これまでの人生を破壊されたにも関わらず、私たちにとって、もはや深刻な脅威ではなくなったエイリアンを追放することではなく、最終的な調和である。
つまり、あなた自身の中にある神的な部分に問えば、いつでも答えてくれる。病気とは、単なる分裂に起因する無意識の状態であり、一方、治癒とは、自覚の獲得にある。つまり、DFTCTのようなテストは、すべての人間に使えるのだ。なぜなら、自分自身の深い部分との統合を助け、伝説が語るように、他の人々が経験してきた痛みの経験を通して、自分の手を汚すことなく、永遠の命を求める偽の神々と本物の鬼の束縛から解放するからだ。二元空間には愛と憎しみがあることが前提となっているが、実際のところ、二つの顔を持つたった一枚のメダルの表現にすぎない。駆け引きにごまかしを決め込み、十字架とは反対に、常に頭を解放することにした我々の指導者である神々は、半分だけを経験し、半分は自分自身でいるのだ。しかし、我々は完体であることを選んだ。だからこそ、我々は彼らに欠けている経験という部分を奪う対象として利用されたのだ。この盗みとは、我々がみな完体であるということを理解していないことが原因で、欠如してしまった自覚が表現されたものに過ぎない。だからこそ、これを理解する時、このミラーがどう機能するのかも理解することができるのだ。人間は、この卑屈なエイリアンの中に、自分自身の卑屈な部分を、エイリアンは、人間のもろさの中に、彼ら自身のもろさを見ている。この二元性が壊れた瞬間、我々一人一人が、自分を自覚するのだ。そして、その瞬間から、自分だけを見ることになる。なぜならば、自分の中には、全空間が存在し、そこにはすべての質問に対するすべての答えが用意されているからである。

DFTCT: 実験
誰の邪魔も入らない環境であることを確認して、いつも通りリラックスして、目を閉じる。あなたの心の部屋の暗闇に浸っている。あなたは部屋の中心に立っている。そこは完全な暗闇だ。あなたの心の部屋。この部屋に、複数の電球があることには気がついているが、普段はこれらの電球は点いていないので、たぶん見ることはできない。でも、すでに点いている可能性もある。もし、これらの電球に明かりが点いていなければ、1つずつ点灯させてみる。3つの電球とは、一番目に点灯させる心の電球、二つ目に点灯させる精神の電球、そして三つ目に点灯させる魂の電球である。
あなたの自我、あなたの本質であるあなたの心の部屋、そこにある3つの電球を、よく見て観察する。それらの位置、色、大きさ、自分との距離、部屋の床からの高さをじっくり観察する。あなたの部屋の中にある唯一の光の源は、これら3つの電球だ。場合によっては、3つの電球が一緒になったような電球が1つしか見えないかもしれない。もし、3つの電球が見えるなら、あなたの魂の電球を突き止めて、腕を電球の中に入れてみる。その時の触感に神経を集中して、感じ取る。魂の電球の中はどんな感じか?温かいか?それとも冷たいか?密集した感じか?それとも固いのか?液体か?それともガス状か?何か独特なにおいはあるか?何か独特な音は聞こえるか?
光る球体としてあなたの魂を感じている間、今のように分裂してしまう前、まだその時点では存在していなかった他の心と精神の2つの球体に結びついたのがいつだったのか、その始まりを覚えているかを聞いてみる。魂と心と精神がたった1つで、3つの意識ではなく1つの意識だった頃、その時点に戻るように、あなたの魂に聞いてみる。ゆっくりと時間をかけて、その瞬間の感覚とイメージがやってくるはずだ。今度は、初めの状態に戻りたいかどうかを魂に聞いてみる。何が起こるのか、意識の球体がなぜ3つの球体という姿に分裂してしまったのか、あなたの魂の球体をじっくり見て、観察してみる。全体を自覚することは良いことである。あの時のように、単体であり、心と精神と分かれていない状態に戻ると魂が決断するのであれば、他の2つの球体に結合するように求めていく。魂と心と精神には特定の色が存在しないが、実はそれぞれが全体の一部であるため、これらの電球は希望する様々な色を帯びることができるのだ。もし、魂が色を変えようとするのであれば、心や精神も同様、これらは、どんな色にもなれるのだ。これらはすべてだからであり、それぞれの色が、可能な1つのものを表現するのである。今度は、3つの電球を始めから全ての色を持つことになる1つの電球へと融合していく。1つの電球には光の小さな穴があり、それぞれが異なる色を放つので、遠くからこの電球を見ると、真っ白に見えるが、側でみると、空間にあるすべての色を放っているのである。
ここで、3つの球体が融合した1つの光り輝く球体に、心の中で話しかけてみる。融合するには、このように合計するだけでは十分ではなく、全ての色を現す透明という1つの色を持った、元に戻ることのない1つの球体として融合する必要があると、心の中で話しかけるのだ。
この球体が完全に見えなくなった時(球体の姿すら見えなくなった時)、その瞬間、始めて、統合された意識ができあがるのである。無と有は同じことであり、無に執着したままでいることはできないと統合された意識に伝えなければならない。もしも、その瞬間、球体が透明ならば、もうエイリアン、もしくは球体を邪魔するものは存在しない。なぜならば、透明の構造の内部にいたならば、これらは姿を現すはずなのだ。
こうして、統合された意識の球体の存在を意識するのだ。そこには、過去が変更されたため、過去にも今にも存在しない魂と心と精神を分裂するバリアはない。今は一つになったので、もうすでに存在しない分裂された球体を利用できる人は誰もいないのである。
あなたは、まだ心の部屋に入る。今度は、あなたの身体と共に、透明の球体の中へと入っていく。球体とあなたは一体なのだ。これで、球体が、あなたを具体化し、あなたの容器となることで、この容器を自分自身のイメージへと姿を変えていく。あなたが透明の球体になるのだ。
もうバリアは存在しない。部屋の仕切りの壁も、床も、天井も存在しない。存在するものである理由は、もう何もないのだ。統合された意識は、自分で作り上げていた心の部屋の障壁を打破し、今、それは完全な無限へと到達した。少し時間をおいてから、あなたから見える、その完全な無限をよく見てみる。存在するその場所をよく眺めてみる。
しばらくしてから、自分自身が空間となり、あなたの透明の球体に、空間に耳を傾けるように問いかける。そのためにも、球体にゆっくりと拡大するように指示する。あなたは、ゆっくりとゆっくりと、焦ることなく時間をかけて空間ぎりぎりまで拡大する。そして、あなたが拡大している間、自分で作り上げた空間の、限界深くに触れてみる。あなたの透明の球体は、大きく深呼吸をして、空間全てを自分の中に取り入れて、自分の中に吸収するのだ。
まるで大きな息のように。永遠に続く一瞬、あなたのすべてのある空間に耳を傾ける。
まるで、空間全体の自覚を手に入れるように、自分の身体の自覚を手に入れる。そして今度は、息を吐いて、縮小することで、小さくする。このとき、あなたの肉体にくっついているあなたの透明の球体が、もっと小さくなるようにする。そのためには、あなたが取り入れた空間全ての中に自分を導き、自分自身を、とても小さく、ゆっくりとゆっくりと、どんどんもっと小さく、焦らずに、空間全てを中に収めた、とにかく小さな点になるまで、小さくするのだ。しばらくの間、この独特な感覚を味わう。そして、あなた本来の大きさに戻るのだ。
こうして、あなたの統合された意識は、呼吸することも、大きな波動になることも、大きな球体もしくはとても小さな玉になることもできるようになったのである。
この波が大きい時、それはどこにでも存在する。つまり、特別な場所は存在しない。この状態での波動は、完全な不可視状態となる。一方、小さな粒子の時、それはそのまま可視状態であり、全体と統合する準備が整っている状態である。自分自身に話しかけてみる。どれが統合された球体なのか、あなたの統合された球体に、いつだってこの2つの状態でいてもいい、波動としてもしくは粒子として、不可視としてもしくは可視として、仮想現実体験の前では、それがどんなものであろうとも、その姿を現していいということを説明するのだ。
最後に、統合された意識は、この仮想環境において統合された意識を造り出すということ、己の容器を他人に支配されてしまうことが良くないということ、そして拡大のためにも、統合された意識を身にまとった自分の容器の保護が必要だということを経験するために、己の容器(肉体)を使うということを頭に入れておく。
今までやったことがないように、しばらくの間、自分自身に耳を傾けて、自分の周りの空間に耳を傾けてみる。

結論
3つの球体を1つの球体に融合させると、二度と元には戻らない。つまり、これらのパラメーターを余すことなく実施したならば、やり直す必要はなくなるのである。
このタイプの経験のおかげで、対象が望むのであれば、空間を旅することができるようになる。これからは、自分自身が透明な球体だから、自分の透明の球体をわざわざ表示する必要がないのだ。もし、この球体を外から見て、不透明であるならば、これは、エイリアンによる誘拐によって、再び襲われたことを意味するのである。これはすべて、ここまでにまとめられた実験に基づいて、推測することができるだろう。
始めのうちは、心の部屋に、球体を3つ見つけられないことがある。これは、これらの球体がすでに、1つの透明の球体に融合されてしまっている可能性があるからだ。さらには、球体の色が黒の可能性もあり、心の部屋の中が暗闇であるために、見分けがつかなくなっている可能性もあるのだ。このような状況でも、同様に球体を融合させ、たとえ目に見えない球体があったとしても、上に記した通りに進行させる。この心の部屋に、3つ以上の球体がある可能性がある。この場合は、魂と心と精神の球体を特定し、これら3つの球体を使って実験を進行させる。他の球体は、意識の融合が行われた後、姿を消すので、ここでは無視しておいて問題ない。
実験を望む対象は、この実験の応用の背後にある全ての理論を注意深く学習した上で、自分自身に心的シミュレーションを行うことも可能である。この心的シミュレーションを行うのに、他人に協力してもらうこともできるが、すべてを自分一人で行うことを強く推奨する。自分一人で、この心的シミュレーションを行う素質がないと主張する対象たちがいる。通常、我々は、その多くの場合が、彼らの存在に責任を押しつけ、ただ単に他人を当てにしているだけであるということも強調する必要があるだろう。協力は無意味である可能性が高いのだ。
我々が考案したアプローチを理解していないすべての人に、私は、内容がどうであれ判断を下す前に、人は、実際に体験していない限り、わかっていないことに関して話すことは不可能であるから、この簡単な実験を行い、深く理解することを推奨する。
怖いものなど何もない。自分の無知を除けば、この空間に怖いものなど何もないのだ。
では、よい旅を。